2012年8月1日水曜日

KAFE9プレイベントのご案内

きたる 8/8(水) 19:00 より
KAAT 神奈川芸術劇場 にて、ちょっとした催しがひらかれます。

http://www.kafe-kaat.jp/104

これは、今年9月いっぱいKAATにて行われる「KAFE9」っていう、なんて言ったらいいんだろか、イベントなのか、一種のアートフェアのようなものなのか、フェスなのか、うまい言い方が見つからないのだけど、比較的若い年代のグループや、海外で活躍している人たちなどを呼び寄せて、KAATを使わせてやっから何かやらかしてみろよ、的な大盤振る舞いなアレで、そのKAFE9(カフェキューじゃなくてカフェナインです)に先駆けて、この夏の時点からですね、こう、期待を煽っていこうではないか、というですね、目的でですね、プレイベントを開こうと、そういうアレです。

で、なぜか快快(ちょっとどうかと思うくらい冴えた人間が寄り集まっている集団。「レイテ戦記」で言うなら、リモン峠で戦った長嶺隊みたいな感じ)とともに、われわれ悪魔のしるしもこのイベントに参加することになってしまいまして、何をするかも決めずに打ち合わせに臨んだわけなんですが、幸運なことに(ご先祖様に感謝します)その場でいい案を思いついたので、まあ、それで行こうと。

素材を作ります。

1)
舞台作品を作る時って、出演者だけではなくて、照明や舞台装置、音響などいろんな要素が絡んでくるんですが(ミニマリズムとは究極の装飾であり、はなはだ独善的な犯罪、現代版バロックである。それは美の表れではなく罪悪感の表れである。その大真面目な態度はすべての文化を、その到来を待ち受けるキャンプやキッチュにおとしめる:レム・コールハース)、特に今回は、最新鋭の機材・設備を誇るKAATでの上演ってことで、だったら本番で使いたい音や写真、映像なんかの素材をここで作っちゃおう、って思いついたわけです。

2)
これまでも、必要な音や画像に関しては自分たちだけで慎ましく作成はしてきたんですが、今回はホラ、たくさんお客さんに来てもらえるイベントですから、大人数ならではの絵や音が造れるんじゃないか?ってところも期待してます。100人でいっせいに◯◯する音やら、××する姿の写真やら、いろいろ考え中です。

※顔出しNGの方には臨機応変に対応させて頂きますので、お気軽にご来場ください。


てなわけで、参加する人数が多ければ多いほどサクセスな企画ですので、ぜひ皆様お誘い合わせのうえご来場くださいませ。

お申込みはこちらからメールもしくはFAXで→ http://www.kafe-kaat.jp/104




こっから先は個人的な追記です

今を遡ること十数年前、学生サークルで演劇麻雀三昧、と同時に建築学徒でもあった俺は、「アーティスト・イン・レジデンス」だの「ワーク・イン・プログレス」だの、どっかから借りてきたような安易なコンセプトをもとに「地域を活性化させる文化施設」とやらを設計する同級生に対して、稽古してるところをお客さんに見せるなんて以てのほかだろ!なんてひとりごちながら憤っていたのでした。まだポリティカル・コレクトネスなんて言葉はあんまり知られてなかった頃の話です。

そんな俺が今やレジデンス施設にお世話になったりしちゃって、挙句に「お客さんと一緒に作品つくり」なんだから、変わるもんです。なんでこんなことになっちまったのかな。

作品はどこで作られ、誰に向けられて放たれるのか、ていうか「作品」って考え自体がそろそろ寿命?なんてこと考えすぎると手が動かなくなるので(というかすでに動かなくなってきているのですが)、もう嫌なんですけど、でも、こうしていろんなところから助成やら支援やらいただいたりしてると、嫌でも考えてしまいます。そしてそれをプロセスや成果に反映させざるを得ない。だってそうでしょ、様々な資源をいただきながら、発表は作者の個人名だけで、なんて都合良すぎるでしょ、みんな同罪でしょの手柄でしょ。

この問題、ずっと考えてるのですが、どうしていいかさっぱりです。
というわけで今はこれ読んでます。





なんとなくですけど、いわゆる「民主主義」が破綻しても生き残る作品(って形式じゃないかもしれないけど)をできるだけ多く残せたらなあ、などと考えています。でも次回公演「倒木図鑑」は、そうじゃないかもしれません。





















2012年5月2日水曜日

搬入プロジェクト 設計助手募集します

悪魔のしるしは、
今年の8月中旬から9月上旬にかけてスイス国内三都市で
搬入プロジェクトを上演します。

直後にKAATでの演劇公演を控えていることもあり、
かなりハードなスケジュールが予想されます。

というわけで設計アシスタントを募集することにしました。
興味のある方は以下の案内をご参考の上、お気軽にご連絡下さい。

※ おかげさまでナイスな助っ人が見つかりました。ご協力ありがとうございます。








































【人数】
1~2名

【内容】
模型製作、物体の設計(形状、素材、工法のスタディ)
現地スイスの学生たちとの連絡 など

【資格】
必須
建築模型製作経験
ある程度建築図面が読める

おまけ
造形センス、構造・構法センス、木工作、英会話、webサイト構築…
等々の能力に優れた方だと とても嬉しいです。

【期間】
5月中旬から7月末まで。
集まって作業するペースはおそらく週1くらい。
他に、メールでのやり取りがかなりあると思います。

【作業場所】
悪魔のしるしメンバー石川卓磨の勤務する建築事務所など
 (渋谷区表参道エリア)

【報酬】
薄謝ではありますが、何とか用意する予定です。
が、基本的には丁稚奉公とかインターンの類いです。

でも、もし追加で助成金が得られたなら
スイスに同行してもらいたいと考えています(1名のみ)。
まあ、こればっかりは神頼みなのですが__


 ご応募、お問い合せは
件名を「搬入プロジェクト設計助手募集」 とし、
氏名、所属、連絡先を明記の上
コチラまでメールにてご連絡下さい。

akumanoshirushi@gmail.com


2012年4月13日金曜日

【イベント告知】第4回 写生大会.

   

悪魔のしるし 駄催事 

【第4回  第5回 写生大会】

※時間帯を少し変更しました(2012,5/2)
※思い出のページをめくってみたら第5回でした(2012,5/8 訂正) 
※画板予約は 前日5/10金曜正午まで にさせて頂きます(2012,5/9)


【開会にあたって】
目の前にひろがる生の有り様を
画用紙に写し取る…しかし

時間をともないながら
いきいきと変化する生を
凍った平面に写し取るなんて
そんなの不可能に決まってるじゃないか!

そう、写生とは
地上に残された最後の冒険!

……われわれが普段なにげなく使っている言葉、「みる」。
でも「見る」「視る」「観る」「診る」「看る」と色んな「みる」があります。
おフランス語でも「voir」「comtempler」「regarder」と様々。

まずはじーっとみてみよう。
目の前のそれがいったい何だったのか分からなくなるくらいに。
(脳内から全ての名詞を消せ!)
描き始めるのはまさにそこから!


【内容】
[みんなでとことんスケッチする]

制約を設けた特殊なコースをご用意してお待ちしております。
もちろん普通にスケッチするだけのご参加もOKです。
その「普通さ」に何の疑いもないのならば。

【参加費】
¥500(画用紙、その他案内準備の実費として)

※悪魔のしるし特製画板ご希望の場合は+¥500

【とき】
2012年 5/12(土) (雨天の場合は翌日5/13に順延)

10:30 集合・開会の訓示・画用紙画板などの配布
11:00 第一セッション 
12:00 昼休み
13:00 第2セッション
16:00 集合・講評会・表彰式
18:00 どっかの店で打ち上げ飲み食い

 
【ところ】
野毛山動物園(横浜市西区老松町63-10) ▶動物園公式サイト




【お申し込み】 
件名を「写生大会参加申込」とし
・お名前
・ご予約の人数
・当日のご連絡先
・悪魔のしるし特製画板(¥500)を希望する/しない 

を明記のうえ、以下のアドレスまでお申し込みください
akumanoshirushi(アットマーク)gmail.com


【準備するもの】
・気合
・謙虚さ
・画具
(水彩/油彩/クレヨン/鉛筆何でもOK)
・お弁当とか
(園内にも売店はあります)


【主催者側で用意するもの】 
・大会パンフレット
・四ツ切画用紙
・悪魔のしるし特製画板(要事前予約/¥500)


 【私たちも写生大会を応援しています】

人が好きになるものをデッサンしてはいけない。
そこにあるものをデッサンしなければならない。
(パリ在住リルケさん)


アントーニオ、デッサンしなさい。
アントーニオ、デッサンしなさい。
アントーニオ、時間を無駄にしてはいけない!
(フィレンツェ在住ミケランジェロさん)


そんなものはみな大したことでない!
絵画も、彫刻も、デッサンも、
文章、はたまた文学も、そんなものはみな
それぞれ意味があっても
それ以上のものでない。
試みること、それが一切だ。
おお、何たる不思議のわざか!
(パリ在住ジャコメッティさん)



【過去の写生大会の様子】







2012年4月4日水曜日

劇場の構図 1-3



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第1章-3 芸能空間の基本形

前回からちょっと間があいたけど、またボチボチ再開します。
前項1-2(+追記)では、芸能空間を、パフォーマーとオーディエンスの関わり合いを基準に、おおまかに三種に分けました(未分化・可変・分割固定)。

この項では、もう少し詳しく見ていきます。

芸能は、独りで行う特殊なものは除いて、基本的には集団で行われる 

つまり、集団を収容する空間のあり方が非常に重要。舞台上の出演者が、観客に対してどのような角度で相対するか。逆に言えば、観客はどの角度から見ることを許され、また禁じられるのか。例えば、教会でのミサや落語、ある種の手品などは背面からの視線を封じており、そこにはそれ相応の必然性があります。より説得的な伝達を狙うならば、空間設計は非常に重要な要素になると思います。

……今のところ劇場といえば対面型が殆どで、しかもその仕様や構成についてうるさくツッコむお客さんは、作品内容へのそれに比すれば、あまり居ません(空間については、劇団ではなく劇場施設の責任だと捉えられている)。暗黙の了解として事前にかかっているこの負荷を利用するのが俺は好きです……

では、ふたたび分類作業です。とりあえず先にババっと書きだしてみます。

1)包囲型
2)対抗形
1+2)扇形
3)道行型
3’)限定道行型  

と、大きく分けて3つ+α。 
ではそれぞれ見ていきます。

1)包囲型
文字通り、演者を中心としつつ観客がその周囲を取り囲むタイプ。円環、同心円、といったプリミティブかつ強力な構図を利用した形式です。課題書には、以下のように記されています。



・囲むという行為、或いは円環を作るという行為には、集団の心をひとつの超個人的な精神に結びつけ、自己を超越させる魔力を持っている

・円環は中心を持ち、また自らによって空間を内部と外部に分かつ。

・円環を作るという行為は、集団のエネルギーを外に向けてではなく、この高められた内部に放つのである。そのような円環の内部で、包囲されて行われる芸能は、個人を超えた巨大な力により根源的同一者へと回帰させられることになろう。

・観客に常に内省することを要求する芸能ではなく、むしろエクスタシーへと導くことを好む。

と、かなーり力のこもった筆致で解説されてて、どうもこの方は包囲型が好きみたいですね。俺も結構好きです。ただ、細かいこと考えだすと難しいんですよね。観客が多い場合、円弧の厚みを増すのか、それとも直径を拡大し円そのものをおおきくするのか、とか、考えだすと内容にも関わってくる問題が山積で、且つ、上にも記されているように、部外者や後からやってきたお客さんに対して優しくないという弱点が。これを解決するために客席に高低差を与え、すり鉢状にした円形劇場なるものがありますが、この高低差がまた新たな雰囲気をもたらします。円環型と円形劇場は安易に同じものと断ぜられません。

ところで、上記の解説で、個人的に気になる言葉があります。「エネルギー」とか「根源的同一者」とか。

円環型空間、ならびにそのような場で行われる芸能は、「描写」「写実」といった近代文学以降のテーマよりも原始的で、パフォーマーも、いわゆる「演技」をしてない場合も多々あります。でも何かをやっている。「何か」をやってるけど、「誰か」をやってるわけじゃない。

パフォーマーが自分ではない何者かを自身の体で表現する、その「何者か」は水平方向、連続した地続きの平面上に存在する、つまり自分と同じ人間を演じるのが、まあいわゆる「演技」だと仮定(あくまでも仮定ね)すると、円環型の場合、表現対象が垂直軸方向、つまり天上に存在する(ってことになってる)超越的な何者かであることが多いんじゃないか、と。ちゃんと勉強してないので飽くまでも想像なんですが。円環内部で発生するエネルギーは、最終的には垂直方向に昇っていくイメージがあります。垂直方向上の天とか超越者って、要するにアンタッチャブルな存在で、 だから描写なんて不可能で、そこから逆に謎のエネルギーと飽くなき工夫が投入されるという、いわゆる「否定神学(©東浩紀) 」の構図ですか。まあ、これも俺は結構好きで、偶像崇拝に陥る危険性を避けながら神へギリギリのピンポンダッシュを狙う、というね。

あとでまた触れると思うけど、今のところ包囲型の魅力を味わえるのはスポーツ観戦かなと思います。ただ、スポーツの場合、戦いあうチームなり個人も含むので、対向型の要素もあります。ここらへんものちのち分析していくことになると思います。

2)対向型 
包囲型と対象t系な性格を持つ対向型の特徴は、「メッセージ伝達に優れる」という点です。人間の目(視界)が前方にしか開けていない以上、背面というのは伝達にとって不要な外部となり、隠されることになります。



W・ガブラーは、こういた対向型の芸能空間について、演技者が自分の後を見せたくないために、壁の前に立って演技をする場合を引き合いに出して、これを「演出」行為の始まりとして捉えている。

このような演出の介在は、向かい合う二つの集団に、意識の上で幾ばくかの距離を生じさせることを意味している。むしろ対向型の芸能空間は、この集団間の距離、言い換えれば異質性を積極的に利用しようとするところがある。自分が何者であるかを常に意識することにより、向かい合う他者を理解させる仕組みを持つからである。

 「自分が何者であるかを」というのは、1)包囲型が不得意とされている「内省」ってやつですね。客席と舞台の分割、異質性への意識、に基づいてメッセージを発する。包囲型の垂直性に対して、ここでは明らかに水平性への志向があります。

そしてこれら2つのオイシイとこ取りを狙うのが

1+2)扇形型  です。



この型については、このレポート連載の後半で触れることになるので、ここでは飛ばします。

3)道行型
 これまで触れてきた包囲型、対向型、扇形、は劇場やスタジアムで鑑賞、観戦した経験がある方には馴染み深いモノだったと思います。ただ、忘れてはな らないのが、この道行型です。チケットを購入しシートに座して観ることに慣れているとつい忘れがちですが、この形式もひじょうに基本的、歴史的な芸能空間です。




筆写は、芸能の発生を神事に求め、諏訪の御柱祭や京都の祇園祭、高岡の御車山などを紹介しつつも、

しかし、これら道行型の芸能の多くが、神迎えの儀式から発達したからといって、この形態をとる芸能の全てが神儀性を持つということにはならない。むしろ、もっと広い芸能行為の基本形態として扱うことができよう。  

と してます。

歴史的視点を外し、純粋にその形態と効果に着目してみれば、このように言えます。

N・シュルツが、「通路に沿って途中で何が起こるかということがこれから到達すべき目標とすでに背後にある出発点との対峙によって醸し出される緊張感に付け加えられる」と述べているように、通路はそれに付随する諸要素を組織させる強い軸として、ひとびとに目標と出発点を想起させる力がある。

閉じた空間内で行われる芸能の多くが(物語形式を採用してるかどうかに限らず)その「始まり」と「終わり」を時間軸上に設定しているのに対し、道行型では、それらは空間座標上に設定されることになります。

余談かつ私事で恐縮ですが、拙作「搬入プロジェクト」は、大きく分類すればこの「道行型」といえるでしょう。ゆえに性格な上演時間の設定は出来ません。ゆるめの環境でやる分には問題ないのですが、きちんとタイムスケジュールが管理されたフェスティバルやイベント等ではそれを理解してもらえなくてちょっと苦労しました。今後もきっと苦労するな。



芸能を[TIME IS MONEY]の軛からもっと解放しようよー、みんな!

・・・・・・・・・・・・・・・・・
で、話を戻します。「搬入プロジェクト」では明確な終わり(搬入完了)が設定され、参加者の殆どは最初から最後までその場にいますが、多くの道行型芸能の場合、行列は非常に長く、またその行程も数キロに及ぶので、一箇所にとどまった観客は全ての行程を一度に観察はできません。

つまり、一観客の立場に立つなら、始点と終点は想起されるものの、意識的に潜在化され、表面的には行列という行為の継続のみが提示されることになる。

この考察は結構面白いと思うんですよね。何が面白いのか未だよくわからないし、自分の作品に落とし込めるかどうかも不明ですが、想像的な始点/終点が観客に内面化されてる状態ってのは、これもいうなれば一種の負荷で、何かに利用できそうだなと感じています。

で、このような長い長い道行型を区切ったものとして現れる形式が

3’) 限定道行形 です。
つまり、通常の道行型では潜在化していた始点と終点が、ここでは顕在化し、道行きの線も線分として限定されています。



我が国では、物事の導入や完了が重視され、儀式化する傾向があるとよく言われるが、演技者の入場や退場も線的な運動を持つ自立した芸能行為として扱われることが多く見られる。 

限定道行形の形態は、この他にも、能の橋懸りや歌舞伎の花道などのように、建築空間を構成する語彙として固定された型で作られているものもある。

著者はこのように↑記述するけれど、
道行型の亜種としての限定道行形、って見方に縛られると見逃すものがあるかも。「橋」「花道」って言葉が示すように、限定道行形は、その空間自体が何らかの形象を伴って設えられることが多いです。逆に考えれば、「橋」なり「花道」がなければ彼岸と彼岸は渡れない、そんな装置として考えることも可能です。いや、「橋」があることで彼岸の存在を意識させられるのかな?鶏と卵の話みたい。

道行、というほど距離はないけれど「門」にも同様の効果がありますね。これも一種の限定道行型装置としてもいいかも。




この項の、著者によるまとめは以下の通り↓

道行型、限定道行型の芸能空間は、このように始点と終点とが潜在化するか顕在化するかという違いはあるが、先に示した包囲型、対向型、扇形型という空間の静的な拡がりよって特徴付けられる一連の芸能空間の基本形に対して、運動、即ち時間の変化を基本とする動的な性格によって特徴づけられる芸能空間の基本型といえるだろう。

…なんだけど、サラっとしすぎで、俺はどうも引っかかる。
 限定通行型はもっと掘り下げる必要がありそう。
舞台でも客席でもない異質な空間として、更に分析してみたいです。

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2012年3月24日土曜日

悪魔のしるし新作参加者募集のお知らせ

この秋に新作を上演(たぶん演劇作品)することになったので参加者を募ります。
出演者だけでなく、演劇公演を打つ上で必要と思われる様々な仕事を様々な人と共に作りたいと考えています(が、基本的に演出家の独裁です)。
興味ある方は、以下の案内をご参考の上、お気軽にご連絡ださい。



【タイトル】
未定

【ジャンル】
おそらく演劇


【内容】
歴史とか家系、土地(site)を主題としたフィクション作品(ドキュメント成分含む)

【日時】
2012年 9/27~30(上演 4~6回予定)


【会場】
KAAT(神奈川芸術劇場)中小スタジオ

【演出】
危口統之(ちゃんとした戯曲を書くかどうかは未定)

【準備期間】
 5月~9月

■5月中…WS
オーディションを兼ねてワークショップ的な催しを数回開きます(基本的に週末)。
いわゆる演劇のWSではなく、単に絵を描いたりメシ作って喰ったり読書会したり、かもしれません。
絶対に毎回参加しなきゃ駄目、なわけではないです。
要は、演出家として各人のパーソナリティを知りたいというわけです。
参加料などは特にありませんが、実費を頂く場合があるかも知れません(画材や食材など)。 


◆WORKSHOP日程(5/2現在)
5/12 写生大会 野毛山動物園
5/17 稽古形式 森下スタジオ
5/28 稽古形式 森下スタジオ

■6月~7月…稽古
WS参加者の中から選抜し、或いはこちらからお声がけした方も加え、出演者+スタッフから成る製作委員会的な集まりを組織します。 
悪魔のしるしは、「危口の思いつき+公演ごとに集められたメンバーの協力」というかたちでいつも作品を作っており、今回も同様に進めていく事になると思います。

7月末をメドに、いったん作品を完成させます。

■8月…自主練
信じがたいことですが、演出家は 別の仕事でまるまる一ヶ月海外に行く予定です。
残されたメンバーの自発的な練習や準備を祈るばかりであります。
便利な便利なインターネットの力なども借りて、できることは可能な限りやります。 
これも本作に与えられた条件のひとつなので前向きに活用します。

■9月…仕上、本番
演出家が9月上旬に帰国したらすぐに仕上げ作業に入ります。
舞台美術や衣装といったスタッフワークもここから佳境になると思います。
小屋入りは9/24です。

【報酬】
 観客動員(チケット収入)や、現在申請中の各種助成金の成否次第ではありますが、そんなに立派な金額ではありません。
額面の多寡については、スタッフ/出演者に関わらず作品への貢献度から判断して主宰/演出家である危口が決定します(監修として制作担当田辺が就きます)。
なお、専業のスタッフ(舞台監督や音響、照明プラン+操作など)にこちらから依頼した場合は、なるべく正規のギャラをお支払いいたします。

【注意】
演出家危口は性格に幾分か問題が有り、それをひとことで言えば、
「他人に出会った時、ビビる もしくは 舐める、その二種類しか応対方法を持たない」となります。
ビビった相手には尻込みし、事態の進展を徒に遅らせ、一方で舐めた相手には無茶ばかり要求します。そして公演が終わる頃、徐々に敬意が芽生えてきます。こういうところは本当に良くないと思うので、この作品を作る過程で人間的に成長したいと思ってます(希望)。

【応募申込】
件名を「悪魔のしるし9月公演参加希望」とし、

・氏名(芸名がある場合は併記)
・連絡先 (メールアドレス、電話番号)
・所属(劇団、集団、フリーランスなど)
・職業(アルバイト、学生、会社員など)
・悪魔のしるしの活動を見たことがある/ない(ある場合は感想も一言)
・希望参加形態(俳優として、美術として、衣装として、自分でもわからない、など)
・得意分野(演技する、でかい声を出す、絵を描く、映像を撮る、編集する、料理する、寝る、、など「動詞」で表記してください) 

を明記の上、こちらまでご連絡ください↓
akumanoshirushi@gmail.com












2012年3月18日日曜日

搬入プロジェクトについてのオシャベリ

某所で「搬入プロジェクト」について話す予定なので
その原稿を書いた。ので転載。
口調については突っ込まないで欲しい。そういう場なんですよ。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■

へい どうも
俺は危口統之ってケチな野郎で
演劇とかパフォーマンスの演出家みたいなことをやってる。
演出家じゃなくて「演出家みたいなこと」だ。わかったかい?
おっと、それ以上は聞かないでくれ、説明は後回しだ。

今日はな、俺が思いついた面白い「遊び=PLAY」をみんなに教えるぜ。
こいつはPLAYつっても「演劇=THEATER」じゃないんだ。
文字通りのPLAYなんだ。
いや、見方によってはWORKとも言える。
WORKって言っても「作品」じゃなくて、「仕事」の方だな。「労働」っぽいのさ。
うーん、いや、演劇かも知れない、難しいな。説明しづらいぜ。

おっと、前口上が長すぎたな。
俺のくだらないお喋りを聴かせるよりも、
さっさとこのPLAYもしくはWORKの説明をしなきゃな。

さて、何から話そうか。
いままで俺がやってきた活動の写真やビデオを見せてもいいんだけど、
それは後回しだ。
なんでかって?
そうだな、その説明もしなきゃな。

結局、俺がダラダラしゃべることになりそうだな。
悪いけど聞いてくれ。これは大事な事だからよ、少なくとも俺にとってはさ。

俺が思いついたこいつは、いちおう名前もあって
「搬入プロジェクト」っていうんだ。(carry-in project)
これは……なんて言ったらいいんだろうな。
場合によっては、俺はこいつを演劇って言い張るし、
でも、単なる遊びかもしれないし、ゲームとも言えるし、
また別の見方をすれば彫刻、いや、「裏返された建築」とも言えるかな?
とにかく、ひどく曖昧なんだ。

何でこんなことになってしまったかって、それは、
この作品が先鋭的ってわけじゃなくて、むしろ、
異様に原始的だからさ。
君たちの身の周りのアーティストを見てみな。
みんな「自分の作品はどのくらい先の未来まで生き残るだろうか」、
そんなことに汲々としているだろう?
その気持ちは分かるぜ。俺だってそんなことを考えることもあるさ。
でもな、未来のことなんて知ったこっちゃねえ。

そこで、俺は発想を転換したんだ。
「過去の時代でもウケる作品を作りてえな」ってさ。
もちろんこんな考えは妄想だよ。でも、刺激的だろ?
「搬入プロジェクト」は、俺の勘では、そうだな、
旧石器時代の人間にもそれなりにウケると思うぜ。

いかん、また話が逸れてるな。
これは俺の悪い癖なんだ。
大学は出てるんだが、論文ってやつを書いたことがなくてね。
話をまとめるのが苦手なんだよ。
自分で一から作り上げるのも苦手なんだ。
つまり、もともとそこに在ったものにイタズラするのが得意ってことさ。
俺に仕事をさせたきゃ、俺の嫌がるタスクを強要してくれればいい。
うまいことサボりながら自分の好きなことをやるからさ。

俺は、言うなれば、「二次的な」存在なんだ。
居ても居なくてもいいけど、突然現れて、
みんなが「これしかない」って使い方をしてる物の別の使い方を、
イタズラっぽく提示して去っていく、そんな存在だ。

つまり演出家っていうのは「ちょっかいを出す」のが仕事なんだ。
少なくとも俺はそう信じてる。
硬直化したものを溶かす春の暖かさのようなものさ。

え?早く説明しろって?
悪い悪い、そうするよ。
ここからは写真やビデオも使おうかな。

説明は一瞬だ。すぐ終わるからよく聞いてくれ。

1 空間をひとつ選ぶ
2 その空間にギリギリ入る形状の物体を作る
3 みんなで力をあわせてその物体を運び込む

これで終わりだ。シンプルだろ?
シンプルすぎてバカみたいだ。俺もそう思うぜ。
だからもうちょっと補足したほうがいいかな。

■
まず
「1 空間をひとつ選ぶ」なんだが、
コツとしては、「出入り口は狭いけど内部は広い空間」を選ぶと面白くなるぜ。
別種のものでは「内部は広いけど出入り口は狭い空間」もイイね。
具体例を挙げるなら、倉庫や、公共施設のエントランスホールだな。
テートモダンのホールなんてサイコーに具合がいいぜ。
関係者これ見てたら連絡くれよ。

■
次に
「2 その空間にギリギリ入る形状の物体を作る」だけど、
これに関しては、いくつかのフェーズに分けたほうが説明しやすいな。
といっても簡単だ。大きく分ければ以下の三つだ。
「測量」「模型」「実作」。

・
まず 空間を決めたら現地に行って大きさを測量するんだ。
そしてそれをもとに図面を書いて、更に図面をもとにして模型を作る。

・
そして、模型が完成したら、とりあえず手元にある色んな小物、
例えばペンやタバコの箱なんかを使って、
どんな形状のものが搬入できるか試してみてくれ。

この段階である程度の見通しを得られたら、
次に、実際に物体を作る素材や、
それから予算、当日参加する人数を想定しながら具体的な設計を開始だ。
俺の場合は、日本で容易に手に入る木材や竹を念頭に置きながら設計した。
素材に関しては、地域によって価格や入手しやすさに違いがあるから、
自分たちのやりやすいようにしてくれたらいいよ。

あと、ひとつ大事なアドバイスを。
最初に俺が「これは演劇かもしれない」と言ったのを覚えてるかい?
演劇には戯曲が必要だろ?
その戯曲の指示に従って俳優は舞台上で動く。
じゃあ、「搬入プロジェクト」ではどうなるか?
この物体こそが戯曲ってわけさ。
そうだな、戯曲でもあるし彫刻のようでもあるし、
「scripture」なんて表現はどうだ?
サムい?

まあいいや、
戯曲と物体の共通点を挙げてみるから、ちょっと聞いてくれ。

・長さを持つ、つまり始まりと終わりがある。
・途中で折れ曲がったり捻れたり、と起伏のある展開
・それ単体でも魅力的だが、上演されることで息を吹き込まれる
・解釈によって上演は毎回異なったものとなる

まだまだありそうだけど、まあ、この辺りだな。
「搬入プロジェクトは演劇だ」ってことは分かってもらえたかい?
俺にとってはそのほうが都合がいいんだ。
これが俺の作った演劇作品なら俺は作者として報酬を請求できるからな!

・
さて、設計が終わったら実際に物体を作る工程に進もう。
さっきも言ったけど、ここで大事なのは素材と構法だ。
矛盾する課題をクリアしながら進めなきゃいけない。
つまり、
「頑丈な方がいいが、強度を上げすぎると重くなり運べない」
ってことだ。
かといって、軽くしすぎて運んでる途中で壊れるようじゃ話にならない。
この物体は戯曲でもあるんだからな。
上演の途中にもかかわらず戯曲が変わってしまったら困るだろ?
重量と強度のバランスに気をつけてくれ。

そして、物体を覆う外皮の素材も重要だ。
あまり想像したくないが、壁や天井に激しく衝突するかもしれないからな。
できるだけ柔らかい素材で全体を覆っておけば万一の場合も安心だろ?

■
さて、最後に
「3 みんなで力をあわせてその物体を運び込む」ことについての説明だ。
言うまでもないことだが、実際の作業にはそれなりの危険が伴う。
くれぐれも怪我しないように気をつけてくれよな。
そのために大事なのは、

・事前のストレッチ と
・声をかけあう ことだ。

作業開始前によく体をほぐしてくれ。
そして作業中はお互いに声をかけあって、力をあわせて搬入だ。
参加者それぞれの役割は物体の動きによって変わってくる。
周囲の状況にあわせて臨機応変に対応してくれ。
人もそうだけど、建物にもぶつけないよう気をつけてくれよ。
無事運び込めたときの爽快な気分は俺が保証するぜ。

さて、まあ、こんなもんだ。
こっからは、いくつか補足していこう。

みんなも薄々感づいていると思うんだけど、
搬入するためだけにバカでかい物体を作るわけだから、
作業が終われば物体は役割を終えてただのwhite elephantってやつになっちまう。
もちろん、そのまま展示してくれてもいいけど、それだって永久じゃない。
いつかは解体してゴミに出さなきゃいけないだろ。
だからさ、できるだけ自然素材に近いものにして欲しい、これは俺からのお願いだ。
そして、ちょっとした内部告発でもある。

というのも、みんなが普段から親しんでいる演劇や映画、それから建物が、
その製作過程においてどれくらいのゴミを出してるか知ってるかい?
そりゃもう尋常な量じゃないんだぜ。
俺は演劇だけじゃ食っていけないから、いつもは工事現場で働いてるんだが、
毎日大量に廃棄されるゴミを見てるだけで頭がクラクラするんだ。
工事現場から出るゴミだけで家が何軒も建っちまうぜ。

確かに芸術は贅沢品かも知れない。
だからって、無駄をそのままにすべきじゃない。
無駄、言い換えれば「余裕」だな。
余裕が必要なのは予算や材料じゃなくて、アートに関わる人間の精神だ。
「わざわざ入れにくいものを一生懸命作って、入れたら終わり」なんて
余裕がなきゃやってられないだろ?
そして運び込んだときに得られる感動がその余裕を満たしてくれるって寸法だ。

それから次、これは矛盾をはらんだ話になる。
俺は「搬入プロジェクト」のことを演劇でもあり遊びでもあり、労働でもある、って言ったよな。
これが「演劇」なら、俺は劇作家だ。
つまり「作品」ってことになり、俺の署名が入る。

でもさ、これまで説明したとおり、「搬入プロジェクト」は
ちょっとした余裕さえあれば誰でもできるものだ。
だから、俺の署名なんて必要ない。
俺がその場に居なくてもやりたい人がやってくれたらいいんだ。
現代風に言えば「オープンソース」ってやつだな。
となると、こいつは「作品」じゃない。
「作品」は「鑑賞」されるものだけど、
「搬入プロジェクト」は「参加」するものなんだ。
「鑑賞」じゃなくて「参加」だ。
それぞれの役割はあるけど、上下関係はないんだ。

俺としては、世界各地でみんなが勝手に「搬入プロジェクト自分だけバージョン」を
やってくれることがいちばんエキサイティングなんだけどさ、
一方で、自分の作品が金にならないと、俺はいつまでたっても貧乏だ。
こいつは難しい問題だ。みんなもそう思うだろ?

だからさ、余裕――この場合は金銭的余裕だ――がある奴は
ぜひ俺を呼んでくれ。つきっきりでその土地に合った面白いバージョンを考えるぜ。

そして、金のない奴は勝手にやってくれ!
でも、もし良かったら、俺に連絡をくれよな。
メールでアドバイスするし、君たちのバージョンを記録した写真やビデオなんかも観たいからさ。

とまあ、長くなっちまったが俺からの説明はこんなもんだ。
みんな気に入ってくれたかな?
だとしたら、さっそく具体的実行に向けて動いてくれ。
enjoy it!


劇場の構図 1-2 追記





劇場の構図 1-2 の追記

次項(1-3 芸能空間の基本形)に進む前に、前項(1-2 観ること、観られること)をまとめながら考えたことなど追記するです。

■
筆者清水裕之は芸能空間をその性質によって3つに大別してました。

1 未分化型 
みんな「する側」。相互に見せあいッこ。純粋に「観る」だけの人は居ない。
お茶会など。

2 可変型 
その時その時で「観たり/観られたり」。
ディスコ、盆踊りなど。

3 分割固定型
「する」「観る」が完全に分かたれ、それぞれが専門家してる状態。

で、これって政治のあり方と似てんじゃね、と。
つまり、上演空間はそのまま政治空間の縮図として読めるのでは、と。
representation (表象=代理)なんて言葉もありますしね。

俺なりに強引に当てはめてみれば↓

1 全員参加で意思決定する田舎の寄り合い
2 持ちまわりで代表を決める(代表制)
3 専門的政治家(国会議員とか) 
って感じでしょうか。

■
何が言いたいかというと、劇評とか読むとしばしば目にするんですが、「若いもんは政治に興味持たなすぎ」的な論調ありますよね。で、俺は思うんです。ホントそうなのかな?って。

確かに物語内容レベルで見れば(つまり戯曲だけ読めば)他愛もない身の周りの話が多かったりするのかも知れないのですが、いざ上演、って段になれば、「客席の設計」を通して、個々の作家/カンパニーの持つ政治意識が現れてるんじゃないかな、と。

例えばこんなのや↓



こんなのや↓



もいっちょ(自分のばかりでスイマセン)



まあ、どれもこれも戯曲らしい戯曲を持たない作品なので("作品"ですらないかもしれん)、いまひとつ説得力に欠けるかも知れないけど、ともあれ空間演出と政治意識はけっこう、というかダイレクトにリンクしてると思います。

前項で俺は METALLICAを引き合いに出しつつ、演者と観客の関係、そしてその現れである SNAKEPIT の例を挙げましたが、↑上に挙げた快快や悪魔のしるしのパフォーマンスも、観客との関係にこだわってるように思えます。つまり、実はけっこう政治的だと。

「政治」って言葉は大げさかもしれないから、ちょっと言い換えて、仕掛ける側とお客さんの双方によって発生する「シーン」とか「場」 への意識、とでもしておきますか。

快快は、よく「会場にDJとか居てクラブっぽい」と、なぜかシャレオツなイメージで括られてるけど、よくよく考えてみればこれスゴイことだと思うんすよ。何が、って「クラブ」的であることが。
 とりあえず現在のクラブ/ダンスカルチャーの起源的なアレ↓

セカンド・サマー・オブ・ラブ


俺はこの辺りの文化については素人なんで詳しいことは知らんですけど、それでも言えるのは、クラブカルチャーって、それまでみんなが前提としてた「作家性」「作品性」へのアンチとして生まれてますよね。ステージなんて無くて全てがダンスフロア。水平に広がる空間。間違っても「いと高きステージより下賜される偉大な演出家の意志!」っていう垂直的なイメージじゃないですよね。

「鑑賞」「作品」って概念は二つで一つのセット、どちらかが欠ければもう一方が成り立ちません。対して「参加」「出来事」という軸があります。で、俺はその二つのあいだをフラフラとさまよっているわけです。

これに関しては、「悪魔のしるし」の活動を開始する前にバンド活動をやってたことも影響してるかも。俺がやってたバンドはハードコアパンクというジャンルで、この界隈もクラブカルチャー程ではないけれど(しかしその起源のひとつと言えるかも知れない)、草の根的、非作家的、非作品的なシーンなんですね。バンド活動の各段階における非営利的な実践が重視されます。

ライブハウスにはいちおうステージとフロアがあるけど、フロアを埋めるのも(うちのバンドはそんなに埋められなかったけど/笑)、たいていはバンドマン。前項の区分に従えば(2)可変型に近い構図。

この話、もうちょい続けられると思います(てなわけで続く